ハイジはスイス生まれの日本製?海外の反応が面白い!

日本人にスイスのイメージを訊いて、かなりの人が挙げるのは「アルプスの少女ハイジ」。それも多くの人はアニメを思い浮かべるに違いないでしょう。実は意外と、アニメ「アルプスの少女ハイジ」が日本の作品だということを知らなかった人は多いのではないでしょうか?

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ハイジはスイス生まれの日本育ち?

ヨハンナ・シュピリの名著『ハイジ』は、原作は日本語訳だけも100種類以上もあり、全世界で読まれている名作です。

日本では、『アルプス少女ハイジ』を原作として1974年(1月6日〜12月29日)に放送されました。ジブリの宮崎駿監督と高畑勲監督のコンビらスタッフが、スイスで約1年間のロケハンを行い制作を手がけたのです。

そして2014年には、「アルプスの少女ハイジ」の放送から40周年になりました。私は放送をリアルタイムで観た世代です。他の多くの子供たちのように、このアニメを通してスイスという国の存在を知り、自然の美しさに心打たれ、ハイジの優しさや純真さそして郷愁に共感し、クララが歩けるようになったことを喜んだものです。

世界各国で出版されている『ハイジ』。大人びています。

世界中で読まれている『HEIDI』。同じハイジでも、大人びたカーリーヘアのハイジから、可愛らしい日本のハイジまで様々なんです。

こちらはお馴染みの日本製の『ハイジ』。可愛らしいですね。

ハイジの生みの親、ヨハンナ・シュピリ

『ハイジ』を世に出したヨハンナ・シュピリ(1827年~1901年)は、チューリッヒから約25㎞離れた、ヒルツェルの田園地帯で生まれました。幼少時にはグラウビュンデン州のクールの周りで夏を幾度か過ごし、その体験を後の小説に生かしました。

そして、チューリッヒでの生活の間に田舎での暮らしに関する小説を書き始め、何と!!ヨハンナは44歳で作家デビューし、53歳の時にハイジの物語が生まれたと言われています。『アルプスの少女ハイジ』は1880年に出版されました。

ヨハンナ・シュピリの写真。

時代を感じるヨハンナ・シュピリの写真。今のように簡単に写真が撮れる時代ではないので、貴重ですね。髪も整え、綺麗な洋服を着て少し険しい顔をされています。それでも懐が深そうで、色々な経験からこのような名作が生まれてのでしょう。

日本人の作ったアニメが、スイスに変化をもたらした!

この作品を制作するに当たり、スタッフは海外現地調査(ロケーション・ハンティング)を約1年間行いました。調査には、高畑勲、宮崎駿、小田部羊一らが参加しており、その成果は作品作りに生かされたそうです。

原作はスイスのものとはいえ、日本人が企画し日本人が描くアニメーション。それをヨーロッパの視聴者が観ても違和感のないレベルにすることは、とても大きな挑戦だったのではないでしょうか。

例えば、海外から見た日本のサムライのように違和感があれば、すぐにそっぽを向かれることになりかねませんから。真に名作と言えるアニメをこの世に生み出すまでには大変な苦労があったことと思います。

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ハイジが住んでいたデルフリのモデルの一つイェニンス(Jenins)の葡萄畑。

ハイジの第一話のシーンは?

ヨハンナ・シュピリ原作のハイジは19世紀の話ですが、40年前のマイエンフェルトで何げなく走っていた馬の引く荷馬車を写真に撮り、それを第一話のシーンに使ったのだそうです。

特に40年前マイエンフェルトでは一日いてもほとんど自動車が通らなかったらしいです。この光景を元にハイジの一話でも使われたそうです。40年よりもっともっと昔の事のようですね。今は車の往来が激しく、このような風景は見られないようです。

40年前に馬の引く荷馬車を写真に撮り、それを第一話のシーンに使ったのだそうです。何世紀も前のような風景ですね。

『アルプスの少女ハイジ』が愛される理由

スイスの空の青、澄んだ空気、山のシルエット、そして干し草乾燥や手作りチーズの手順に至るまでリアリティにこだわってつくった作品「アルプスの少女ハイジ」。

こうした仕事の姿勢とクオリティの高さこそが、40年経ってもこのアニメの魅力が色あせずに、世界中で再放送される人気の秘密なのだと思います。細部に対するこだわりが自然な描写となっている何よりもの証拠だと思うのです。

日本人、そしてそれだけでなく、世界の多くの人にとってスイスと「ハイジ」が結びつけられ、この物語が愛されてこの地域を訪れる人びとが増えたのも事実だと思います。これはアニメ「アルプスの少女ハイジ」によって知名度が上がったからであることは間違いないでしょう!

マイエンフェルトへの行き方

チューリッヒリ中央駅から1時間10~30分。一時間に一本と、直通列車は本数が少ないので、途中サルガンス駅でローカル列車に乗り継いで、マイエンフェルト(Maienfeld)駅で下車します。チューリッヒからだとハイジの村へは、意外にも簡単に行けるんですよ。

ハイジのふるさと、マイエンフェルトの駅

マイエンフェルトには年間を通してたくさんのハイジファンが訪れます。誰でも自由に気軽に行けるハイジの道を巡るハイキングコースは、所要時間1時間30分です。比較的平坦な道のりなので、散策気分で楽しめます。名作シーンを思い浮かべながらハイジの故郷を歩くのも良いですね。

アニメの原作風景を訪れたいのなら、マイエンフェルトやパート・ラガッツだけでなく、隣村マランストとイエニンスを訪れることをおすすめします。マイエンフェルトほど観光化されておらず、スイスの村の静かな雰囲気を味わえる素朴な街並みが魅力です。時間があれば是非、隣町に足をのばしてみるのもいいですね。

まとめ

  • ヨハンナ・シュピリの名著『ハイジ』は1880年に出版され、原作は日本語訳だけも100種類以上もあり、全世界で読まれている名作。
  • 日本では、『ハイジ』を原作とした、アニメ『アルプスの少女ハイジ』が1974年から放送されました。
  • 『アルプスの少女ハイジ』が、40年経っても世界中で再放送される人気の秘密は、事細か書くリアリティにこだわって作られたからです。

私もそうですが、もしかしたら大方の人が、『アルプスの少女ハイジ』はスイスで作られたアニメで、後に日本語で放送されたんじゃないか?と思っていたのではないでしょうか。漠然と感じていた疑問が解決して、親しみはさらに増すことになりました。

ハイジを生み出したスイスと、映像化した日本のクリエーターの力に大拍手です!

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